たまにはお仕事っぽい本も読まないとな、と。
かつて、確か2年くらい前に会社の研修でたくさんお世話になった山本さんの新著。
細かい技法は別にして、彼から「マーケティングとは何か」をたくさん学んだ気がする。
定義とかそういうことではない、生きたマーケティングを。以下、メモ。
額縁を出た広告は、もう一度戦いの場に戻ってきている。世の中と切り離されたところで鑑賞されるのを止めて、ビジネスに貢献することを改めて目指そうとしているのである。
なぜその二元論なのか。鑑賞されながらビジネスに貢献される広告だってあるはず。それを目指さねば。
広告制作者が芸術家のごとく表舞台に立ち、広告が一人歩きを始めた。この段階で日本の広告は経営戦略としての広告の基本路線から離れ始めた。
これはまずい。あくまでビジネスしてなんぼだ。広告はアートじゃない。あってデザインまで。アートは自分の責任においてやるべきものだ。
何度かの破裂を繰り返すうちに、風船を膨らませるのも徐々に慎重になる。何度かの低価格志向の時期を経て、消費者は学習した。一度安く買うことを学ぶにつれて、価格への要求は強まる。極端な低価格志向の時期が過ぎても、価格コンシャスな消費者は増えていくだろう。
日本経済にとっては必ずしもいい傾向ではないと思うけど、マーケティングしてる側からすると痛切に感じていること。全然買ってくれないし。この現象を「消費者が賢くなったのだから企業は賢くなった消費者に選ばれるような企業努力をすべきだ」という論調でさばくのが嫌いでならない。何がいいたいかというと、「バカ買い」みたいなものも捨てたもんじゃないはずなのにな、ということ。
「地球を大切に」と広告で何万回もいうより、「より多くの人の手が届く価格のハイブリッド車を出す」という事実の方が強いメッセージなのである。
そりゃそうです。それを言っちゃあ、ですが。
かつて、ある広告会社の社長を務めた人が「広告の目的は何か」と聞かれて、こう答えたのだ。
「個人消費を拡大させることと、世の中を明るくすること」
なんと明確なKPI。感動した。その通り。広告に関わる人は1%でもいいからこういう気持ちを持たなきゃいけないと思う。自分の企業の自分が担当している商品が売れればいいや、なんて思ってたら広告なんてなくなっちゃう。
モンスター・ペアレントという言葉が流行ったけれど、今のマスメディアの報道は「モンスター・ヴィークル」とでも呼んでいい状況になっている。
みんながそう思ってるのに、なんでよくならないんだろう。みんなが思っていることって、たいてい実現するのに。
若い人を教えよう、という思い込みはやめた方がいい。私も「教える」仕事を頼まれるが、研修やワークショップでも実際に教えるのは二割くらい。残りの八割は「引き出す」ことに注力している。
山本さんとはレベルが違うものの、ビジネスとして(お金を払って聞きにきてもらっている、という意味)教えている立場のものとしては、すごく同意できる内容。「教える」ってもはやあまり意味がなくなっていると思うし、だいたいのことは一人で理解できるようになってしまうので、話す側と聞く側、聞く側同士がうまく互いを引き出し合える、そういう環境を作れる人が「うまい」んだと思う。山本さんはうまい。
全体を通して、山本さんがいつものあの調子で話しかけてくれているような感じで、すらすら読めました。
で、「クロスメディアのABCDモデル」とかいろいろ出てたけど、そういうのはあんまり本質じゃないと思っているので「みんなもっとたくさんまじめに考えなきゃいけないよ」というメッセージだと思って消化。現場を退いた人にマーケティングのフレームワーク提案されてどうすんだって話。しっかりやらねば。