ラグジュアリー:ファッションの欲望

自分自身が「ファッション」というものを意識し始めたのはおそらく中1の時。もちろん小学生時代もナイキとアディダスの違いは理解していたものの、それは自分にとってあまり重要な事柄ではなかったし、何を食べ、いかに遊ぶかというデブな小学生が生きるにあたっての最大の課題に比べれば、遥かにプライオリティの低い問題だった、というか問題にすらならなかった。で、おしゃれな姉に(今思えば)素敵なブレザーとチェックのパンツを卒業式用に見立ててもらったものの、その良さを1mmも理解しないまま、それから6年も続く学ラン生活を何気なくスタートさせていた。

事件は突如として起きる。偶然部活がなかった学校終了後、当然のようにKaepaのジャージ上下を着て最寄りの百合ケ丘駅まで買い物に出かけたら、小学校時代にともにジャージを着、ともに白球を追いかけた(チームは違ったけどね)島田くんがそこにいて、出会った。野球からサッカーに鞍替えし、坊主頭が少し伸びかけ、自分が所持していたら持て余すだろうな、という天然パーマをジェルで封じ込めようとしていた彼はもはやジャージではなく、ジーンズにコンバース、白地に何かがプリントされたTシャツで、そこにいた。

彼のその「変わり果てた」姿を見てその瞬間に何かを感じたわけではない。もちろんジャージでないことに違和感があったわけでも、ない。まあ、そういう日もあるのだ。そもそも、彼との会話の中で何を着るか、ということ自体にスポットライトが当たったことなど、かつて一度もなかったわけだし。しかし、そして、彼の口から、ぼくの人生を変える一言が唐突に発せられる。

「お前、よくジャージで駅まで来れるな」

衝撃だった。いやいや、お前もこの間まで着てた/来てただろ、と突っ込むのが本筋なんだろうけど、それすらもできず呆然と立ち尽くした。後にも先にも自分自身が問題だと思っていなかったことを問題であると指摘されて途方に暮れるという経験はこの1度だけかもしれない。その瞬間に身体が得た感情は今でも鮮明に覚えている。そしてそれは決して悪い感情ではなかった。ただ、どう与していいのかは全くもって分かり得なかった。とにかく、

「ジャージで駅に来るのは良くないという価値観が存在する」

という全くの新しい、自分の中に生まれた、生まれたてのそのパラダイムに打ちひしがれながら家まで帰ったのを良く覚えている。ゲーセンに行く予定もキャンセルしてまで、だ。その後、家で待つ姉に共有し、どうしたものかを相談。1週間後には姉プロデュースの、中学生にしてagnèsの紺シャツをオーバー目に着つつ、色落ちしたディッキーズのオーバーオールを腰で止めて上部を下に折り返して止めてジャックパーセルを履くという、神奈川県川崎市水準にしてみれば「ませた」ガキが誕生した(agnèsもオーバーオールももう着ないけど、LevisREDのジーンズとギャルソンのシャツとスニーカーでたまに全く同じような格好をしてしまうのはこの影響)。

その後いろいろありつつも、今日まで20年ほど、ずっとずっとファッションが好きです。前置きが長くなりましたが、東京都現代美術館「ラグジュアリー:ファッションの欲望」について。

「ラグジュアリー」は日本語で「贅沢」と訳されるように、視覚的な豪華さ、そしてそれを身体にまとったときの特別な感覚、洗練をきわめるという精神的な満足感など、余剰から生み出された豊かさを意味してきました。
 現在、私たちは、産業の発展によって物質的に恵まれた生活を送ることができるようになりました。一方でそのために引き起こされるグローバルな諸問題の解決に取り組まなければならない状況にあります。そうした中で、私たちが求める豊かさの現れである「ラグジュアリー」に対する考え方も大きく変化しつつあります。
 本展は、社会の動きや私たちの欲望を何よりも敏感に反映しているファッションを通じ、「ラグジュアリー」という視座から時代や社会の価値観の変遷を再考するものです。視覚的にラグジュアリーで贅沢な表現から、より個人的で知的な遊びにも近いラグジュアリーまで、
京都服飾文化研究財団(KCI)のコレクションから多角的な視点で精選した17世紀から現代までの作品約100点を展示します。

[ブランド/アーティスト一覧(アルファベット順)]
Balenciaga / Beer / Chanel / Christian Dior / Comme des Garçons / Courrèges / Grès
Lanvin / Louis Vuitton / Madeleine Vionnet / Maison Martin Margiela
Paul Poiret / Pierre Cardin / Roy Lichtenstein / Schiaparelli / Thierry Mugler
Viktor & Rolf / Worth / Yves Saint Laurent

東京都現代美術館|MUSEUM OF CONTEMPORARY ART TOKYO
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/105/1

元々は川久保×妹島のこのニュースで知った企画展。自分自身最も時間も金も費やした2大メゾンであるギャルソンとマルジェラが誰かの手によって解釈されるとあれば、行かないわけにはいかないわけで。

で、結論から言うと展示物及び展示構成にそれほどの新しさはなくて、KCIのコレクションに文化思想的バックグラウンドを歴史の順に重ね合わせつつ紹介する展開。確かにシャネルもアガもポワレもすごいんだけど、そんなの死ぬほど服飾史の教科書で勉強したし、もう少し展示に何らかの工夫が会っても良かったんじゃないかな、と思う。惜しい。それでもため息が出るような、ある種偏執狂的なこだわりをリアルに目の当たりにするとぞっと鳥肌が立ったりもするし、本当にこれを着て町中を闊歩する女性がたくさんいたんだ、と妄想するとどんだけハッピーな世の中なんだよ、とも思うし、プレタポルテは果たしてファッションなんだろうか、だとしたらユニクロは、とも思うし、そういうことを考えるきっかけができたという意味ではそれだけで良かったのかもしれない。いや、展示はもうちょっとやりようがある。必ず。

マルジェラのアーティザナルも川久保×妹島もすごく感動したけどそのインパクトが増幅されていない。展示というのはキュレーターなり美術館の解釈であり批評であると思っているので、そういうものがあまりなかったのが残念。立体カタログを見て回っている感じ。

と、いろいろ残念だみたいなことを書いていますが、資料的価値はものすごい高い被服がたくさんあるので、好きな人には十分楽しめると思います。個人的にはやっぱり「シャネルってすげえや」と。あとは多分こちらを見る前に軽い気持ちで流そうとした「レベッカ・ホルン展」が想像を超えて良かったので期待値が無駄に上がったのもあるな、と。反省。行くべきか行くべきでないかでいうと、行くべき展覧会だと思います。

あと、初めて現代美の中でごはん食べたけど、おいしかった。

値段はかわいくないけど、おしゃれだし。次は2階のカフェに行ってみようと決意。で、衝撃のレベッカ・ホルン展についてはまたいつか。

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