@a_d_m_a_n が教えることについて書いているので

これに関して。ぼくも書きます。ちなみに数日前から「アドマンもすなるダイエットというもの、ぼくもしてみんとてするなり」とつぶやこうとしていますが、つぶやけないのはぼくの責任です。ちなみに、です。

で、ここ数年間、「教える」立場になることがすごく多いです。油断するとクライアントから営業さんから大学から大学院から、「講師のお願い」みたいなメールがたくさん届きます。それ自体は非常に喜ばしいことなのですが(浅学故恐縮なところも多々ありますが)。で、勉強会やら講義やらするときは、アドマンも書いていますが、

その際、自分の知識・経験の足りなさを認めた上で、僕はものすごく準備する。後輩や新卒のセミナーでも手抜きすること無く、結構人事とかが引くくらい全力でやる。練習だってする。

ここが全てだと思うのです。準備。そもそも講師って自分で言ってなれるものではないし、依頼を受けて講師をやる時点で、その分野に関してはある程度のレベルに達していると思うので、その人が云々って言うことではあまりなくて。

セミナーに複数回参加された経験のある方はなんとなくお気づきかと思いますが、一番分かりやすいのは「その日その時間のために」用意されたコンテンツが存在しないセミナーというのは、参加者側が目的意識を高く持っていればいるほど、大抵退屈です。たまに「その人自身が面白すぎる」ケースはこれが気にならないこともありますが、セミナーが終わってみると、「あれ、結局どこかで聞いた話ばかりだな」と思い出したりします。

そういう意味ではクライアントに対する提案と同じですね。明らかに使い回し、みたいな資料だとテンション下がるだろうな、と感じるのと一緒で。

ちなみに脱線しますが、「教え上手」な人に仕事ができる人は多い(イコールではなく、多い)。因果関係を考えてみると、聴講側を観察する意識(これは大事ですね)、要点の整理、思考の整理、一貫性、誠実さ・・・などなどの要素が相まって「教え上手」なのであって、そう考えると当然なのかもしれません(ここは本論ではないので、違う!と言われても一旦回避しますw)。

確率論だけど、そうかも。要素いろいろあるけど、知らないことを教えられないしね。で、

本論に戻ると、勉強会を頼まれた時いつも考えるのは、

と、アドマンが書いているので、ぼくも書いてみると、こんな感じでイメージしています。

こんな感じです。ニーズの方向性を把握してそのニーズを満たせて及第点、新たなニーズ(学習欲)を発生させることができて終了後質問攻めになったりするとさらに良い、という感じて考えています。

ちなみに、弊社の尊敬する@tadafusahonda 氏なんかは、うまくこのサイクルを活用している気がする。気がする。

そりゃ、もちろん。来月(かな?)よろしく。