みんなでみる、ということ

昨日、珍しく2つのTV番組を見た。ひとつはオリンピック・女子フィギュアのフリー(真央ちゃん)、もうひとつは朝まで生テレビ(ホリエモン、チームラボ猪子氏登場)。で、いずれにおいても感じたことを忘れないうちにメモ。テレビの楽しみ方とその周辺のお話。

フィギュアの放送時間はちょうど会社の昼休み(つっても、きっちり何時から何時って決まってないんだけど。うちの場合)。リラクゼーションルームにある大きなテレビの調子が悪かったせいもあってか、ワンセグケータイを持っている人の周りに2〜3人があつまり、そこここで「小さな街頭テレビ状態」が出来上がっていた。ジャンプのたびに沸き起こる歓声、そしてため息がシンクロして、それはそれは興味深い空間だった。普段家族とTVをみながらあーでもないこーでもない言うことはあっても、それほど関係性の濃くない「同僚」とTVをみるという体験には独特の魅力があり、価値があった。日本人独特の「スピーディなにわか解説者化」も手伝って、人ごとに異なる感想や見解によって、単なる視聴体験を超えたコンテンツ消費の新しいスタイルがそこには誕生していたように思う。

同じくTwitterのタイムラインをのぞいてみれば、ものすごい勢いで異種同種の感想が流れ続け、テレビでは(その瞬間には)決して「分析」しきれない彼女たちのパフォーマンスを、WEBのどこかにいる専門家によって瞬時に分析され、「まとめサイト化」していく。多様な意見のぶつかり合いが一瞬でヒートアップし、そしてまた一瞬でクールダウンしていく。一方で、クールダウン後もアーカイブ化されたコンテンツは消えることなく、有形資産としてWEBに蓄積される。きっとこれからことあるごとに参照され、コンテンツそのものと同等、まではいかないものの重要な資料的価値を持ちうることになるはず。ただ、忘れてはいけないのは(当然ながら)コンテンツそのものはテレビから発信されていて、だからこそマス的な力を持ち、周辺に発生するコンテンツに質量ともに十分な魅力を及ぼしているという点。個別化され分散化されたWEBにはなかなかもち得ない、とてもとても強力で、とてもとても意味のある力が、いまだTVには強く存在する。

こうした「とても親しい人以外の不特定多数と今まさに発生している事象を対してあーだこーだいいながら楽しむ」というスタイルは、これからまだまだ進化していくと思う。間違いなく。だって楽しいもの。興味関心を持った対象を消費するときに他人がどのように消費しているのかというのはとても気になるトピックだし、おそらくそれら消費スタイルというものはカテゴライズされ相互に好影響を与えながら(たまに反発するんだろうけど)最終的には元となるコンテンツに対してポジティブなフィードバックが為される、と言う点で高く評価すべきだと考えている。TVとWEB(放送と通信? それはちょっと違うと思うけど)の融合なんていう言葉がお題目のように唱えられ続けて早幾年。インフラ構築とか業務提携とかそういうハードな話じゃなくて、もっとソフトな部分でやりゃいいのに、と思う。消費者はそっち側の文法で動いてるんだから。で、ここまでがエンターテインメント寄りの話。真央ちゃんお疲れさま的な話。感動した。

で、そのまま働き続けて夜中。朝まで生テレビスタート。仕事しながらだったので途中までは意識せずにみてたんだけど、おそらく2時半あたりからは割とちゃんとみてた。ここでも同じようにTwitterのハッシュタグ「#asanama」(「#namainoko」ってのもあったけど 笑)を追いつつみてた。番組の内容はいつものテンションで食い気味に論客が喋りまくり滑舌の良さと声の大きさがポイントであることには変わりはなかったけど、ここでもWEBのあちこちに点在する論客たちによってあたかも「裏・朝まで生テレビ」が開催されているような感覚を覚えた。発言内容がQuoteされそれが即座に議論を呼び見解の対立と検証、収束が様々なところで異常とも思えるスピードで、群発地震のように発生していて、これももちろんコンテンツそのものに価値があるからなんだけど、ただただひとりでTVをみていては絶対に味わえない感覚であるな、と。そして「裏」には「表」にない多くのインテリジェンスとエンターテインメントが存在していた。クロスオーバーする見解、即座にフォローされる関連情報や事実誤認、不特定多数によって形作られるそのレイヤーはここでもコンテンツそのものに対してとても意味のあるフィードバックを行っている。

何でもかんでもマーケットインで消費者にすり寄ることが良いとは思わないけれど、使える部分は貪欲に使ったら良いと思う。マス化、そしてあまりにその影響が強大化しすぎたTVは、自らの重みに耐えられなくなって朽ち果てる前に、カジュアルに、フットワーク軽くいろんなことにトライすべきだと心から思った。

TV大好きだし、「マス」がない社会なんて面白くも何ともないから頑張ってほしい。ケーブルテレビとかレコメンデーション(ソーシャルテレビ?)とかで自分にぴったりのコンテンツをみんながそれぞれ別にみているなんていう状態、絶対に面白くねーし。人はコンテンツだけを消費してるんじゃない、そこに生まれる新たなコンテキストも含めて消費してるのだ。きっと。