最近諸事情あって@4416こと川村さんと話すことがとても多くなった。元々はかなり遠いところにいたはずなのに、今では会社の同僚で一番良く話しているかもしれない。昨日も渋谷二丁目のカフェでランチを食いながらいろいろ話した。もちろんチェックインしつつ。
彼にはいろんな能力が備わっているけれども、その中でも想像力/妄想力でいったら少なくとも東京代表、うまくすれば日本代表になって世界大会に出られるんじゃないかと思っていて、そんな彼がふと、「最近夢に見たことがいよいよ本当になってきていて超わくわくしますよね。イチゼロ年代(2010年代のことね)はやべえスよ」と言った。黒ごまチーズリゾットに付け合せられたかぼちゃのサラダをを食いながら。
そう思う。それを生業にしているとついついプレッシャーに感じてしまうような先端技術の進歩は、それほど力を入れず、ひとりの消費者から眺めてみれば「超わくわく」なのだ。そもそも。SocialだAPIだクラウドだ、っていうのはどうでも良くて、そんなもの、と言ったらものすごく語弊があるけれども、便利になったり楽しくなったり、そういう感情を持ちながら妄想しないといけないな、と考えさせられた。
技術動向から考えるビジネス的なソリューションの変化とか、例えばOmnitureを手中に収めたAdobeの次の一手は、とか日本におけるFacebookの普及可能性は、とか、そういうことももちろん大事なんだけど、結局のところぼくらが対峙するのは消費者であり、そしてその前にぼくらも消費者であるわけで。
で、そんなことを考えつつ今朝、この動画を見た。
未来は確かに来ていて、リニアに、絶え間なくいろんなことが変化し続けているからその変化総量に鈍感になりがちなんだけど、10年前の自分に見せたら「よくできたコンセプトモデルだなー。ソニー?」と覚めたリアクションをするか「すごい! 未来すごい!」とぶったまげると思う。そういう驚きは断続的変化によって麻痺された感覚ではなかなか感じることが難しくなってる。
技術が変化し、環境が変化しているのに、あまり変化していない自分がいる。もっと快適に仕事できてもいいはずだし、もっと気持ちよく毎日を生きられてもいいはずだと思う。今に大きな不満があるわけではないけど、これだけ大きく変わっている、変わり続けている毎日にいながら、未だに10年前とたいして変化のない(そりゃレベルとか責任とかは日々変化し、幸いにも高くなったり大きくなっているかもしれないけど)日々を送っているということに気づき、結構愕然とした。
小さな物事の積み重ねで大きな成果が出るのは間違いないけれど、積み重ねるものはもう少し考えないといけないな、と思ったランチでした(考えないとな、といいつつほぼ答えは出ております)。
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