今この瞬間だから成立する、そんなアイデアだからこそ、だと思う。強く美しい。PilotHandwirint.com
今のところ、紙にペンで書くことが自らをアイデンタファイする「筆跡」を作り出すのに最も適したツールであるということがこのアイデアを下支えしている。その事実はぼくらの世代に取っては絶対に変わらないし、タイピングによって作り出される無機質で均質なフォントによって行われるコミュニケーションはビジネスにおいては好都合だけど、少なくとも想ったり偲んだりするのには適していない。
ただ、常々感じるのは、ぼくらが紙にペンで書くことがもっとも美しい自筆の表現方法だというのはあくまでぼくらの常識であって、YouTubeで良く目にする、iPadを操るベイビーの動画を見ていると、必ずしもこのシズルが永久不滅のものではなさそうだな、ということ。
生まれた時からデジタルツールを使いこなしていたら、それはさすがに常識がひっくり返る。万年筆のインクの香りやにじみ加減、シャーペンの新しい芯を入れた直後のあのソリッド感、そういう感覚がすべてなくなってしまうとは思わないけど、消え行くものも相当数あるんだろうな、と思う。どうでもいいけど、こういうことを書くと必ず思い出すのが、学年が変わったり卒業する時に書いて交換した「サイン帳」のこと。まだあるのかな。ないか。少なくともうちの甥や姪には理解してもらえませんでした。
で、結果として、デジタルとアナログ、どちらでも通用するような根源的な気持ち良さの追求が今後ますます必要とされるはず。赤ちゃんにも理解できて、大人が使っても快適、そういう落としどころを日々探して生きていかないといけないな、と。バスの「降ります」ボタンはみんな押したかったり、(最近あまりないけど)自動改札に切符が、掃除機の吸い込み口にゴミがシュっと吸い込まれるのは楽しかったり、そういう日常生活に潜む気持ち良さの追求。
pilotの動画は最後に
people communicated by writing and sending the world’s first-ever handwritten e-mails. In doing so, they recovered a part of their identity they’d lost online.
という言葉で締められている。ただ、失った何かを取り戻せ的な懐古主義的コミュニケーションは、そろそろ終わりなんじゃないかな、と個人的に思う。いや、ゴールドだけどさ。これ。
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