先週金曜日の夕方、青山をフラフラ歩いていたら、どこからともなく急に音楽が聞こえだした。17時。
小学校の頃、放課後に校庭で遊べる時間には制限があって、確か16時くらいになると放送委員会がこの曲を流しつつ「お前ら早く帰れ」みたいなアナウンスを流していたと思う。まあ、そんなのに従えるはずもなく、言うても怖い体育の先生が鉄拳とともにやってくるのでいったん死角に隠れて17時ちょっと前からまた遊び始めて最終的には鉄拳食らうという毎日だったんだけど、そんなこんなでこの曲が流れると「ま、いったん帰るか」という気持ちになる。帰れないし、帰れないけど。
他にも蛍の光で閉店とか、川崎市民であれば「あの曲」を聞くとゴミ収集車が来るとか、音とシンクロする記憶がたくさんある。音によって記憶喚起が助けられているし、それはニュートラル、もしくはポジティブな記憶だからいいけれど、嫌な記憶だったらなかなか逃げられないだろうな、大迷惑だろうな、と思う。ふと流れてくることも多いし。音楽って。それだけにみんなが聞くものはちゃんとデザインしなきゃいけないはずだな、と。
で、日常生活を送る中で、WEBやらなにやらで視覚的な情報摂取量は増えたと思うんだけど、聴覚については少し軽んじられている気がしてならない。ランドスケープデザイナーやらインフォメーションアーキテクトはいても、サウンドエンジニアやDJが都市計画に絡む、みたいなのは聞いたことがない。何でだろう。特定の場所、特定の時間みたいなのはあっても、日常生活で聞こえてくる様々な音を、もっともっと「ちゃんと」デザインしたらいいのにな。
こういうのもそうで、昔、いつか誰かが決めたんだろうけど、こういうのをリデザインするみたいな発想がもっともっとあっていいと思う。とするとやっぱり、まずはこういう形になる。
恵比寿のエビスとか、サントリーの新橋とか、そういう動きからなんだろうけど、もっともっとパブリックなものからちゃんと考えて、素敵な環境を作り上げていきたいな、広告会社がクリエーションするものはコミュニケーションであるべきで、仕事はまだまだたくさんあるな、と思う今日この頃であります。
人々の記憶に同居しながら、その記憶をより美しく楽しく増幅できるようなそんな音楽が、きっとどこかに、ある。
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